全米小売協会が主催する世界最大級のリテールカンファレンス「NRF’26 Retail’s Big Show(以下:NRF’26)」では、「Agentic Commerce」が“実装フェーズ”に入ったことが焦点となりました。GoogleのUCP発表をはじめ、プラットフォーマーと決済・EC事業者が一体となり、AIエージェントを前提に購買体験の再設計を進めています。
本記事では現地からの速報としてGoogle、Microsoft、OpenAIなど主要プラットフォーマーの動向を整理し、日本企業が取るべき準備を3つの観点(データ整備/パートナー戦略/実装マインド)で解説します。
本記事はNRF’26の現地取材・セッション内容をもとに執筆しています。
AIエージェントがユーザーの代理(Agent)となり、商品情報の収集・比較検討・意思決定から決済までを自律的に完結させる新たな商取引の形態。ユーザーが「サイトを訪れて探す」従来型から、AIが「意図を汲み取って実行する」形へのパラダイムシフトを指す。
Googleが主導する、AIエージェントと小売業者のシステムをシームレスに接続するためのオープン標準プロトコル。NRF '26にてGoogle CEOが発表。これにより、AIとの対話から離脱することなく、あらゆるECプラットフォームを横断した購買体験が可能になる。
Microsoft CopilotのチャットUI内で、外部サイトへ遷移せず購入・決済まで完結できる機能。2026年1月8日発表。NRF '26では、決済インフラのStripeや検索エンジンのAlgoliaとの提携により、在庫確認からチェックアウトまでのリアルタイムな連携が強調された。
GEO(Generative Engine Optimization)
生成エンジン最適化。AI検索(AI OverviewやChatGPT等)の回答において、自社コンテンツが引用・推奨されやすくするための施策。エージェンティック・コマース時代、AIに「選ばれる」ための新たなブランディング・信頼性構築戦略として重要性が増している。
Google検索結果の最上部に表示される、生成AIによる要約回答機能。情報が検索画面上で完結するため、従来のオーガニック検索のクリック率(CTR)低下を招く「ゼロクリック検索」を加速させる一方、引用元としてのブランド認知(GEO)の重要性を高めている。
Merchant of Record(MoR)
記録上の販売者。販売に伴う法的責任(契約、税金、返金等)を負う主体のこと。従来のモール型ではプラットフォームがMoRを代行することが多かったが、エージェンティック・コマースでは「AIはあくまで仲介者」であり、小売事業者がMoRとして直接顧客と取引関係を持つ(データや責任を保持する)形態が主流となっている。
2026年1月11日から13日に渡り米国ニューヨークにて「NRF’26 Retail’s Big Show」が開催されました。これは世界最大の小売業協会であるNational Retail Federation(全米小売業協会)が開催する年次イベントです。
NRF’26は1000社以上の企業が出展するEXPOとリテール業界の主要人物が登壇する175を越えるセッションを中心に構成され、開催前からGoogleのCEOであるSundar Pichai氏の登壇が話題になりました。
同氏が基調講演で発表した新たなAIショッピング規格であるUCP(Universal Commerce Protocol)を筆頭に、今年最も注目を集めたテーマは「Agentic Commerce(以下:エージェンティック・コマース)」でした。Google、Open AI、MicrosoftといったAIプラットフォーマーに加え、Stripe、PayPal、Adyenといった決済事業者、そしてShopify、Salesforce、Adobe、Commerce(旧Big Commerce)といったEC関連事業者が一堂に会し、AIエージェントによる購買体験を提供する企業の取り組みが紹介されました。
[左]NRF会場入口の様子(デジタルガレージ撮影) / [右]基調講演に登壇したGoogle CEO Sundar Pichai氏(デジタルガレージ撮影)
[左]Googleブースの様子(デジタルガレージ撮影) / [右]Microsoftブースの様子(デジタルガレージ撮影)
2024年11月に発表されたPerplexityの「Buy with Pro」を皮切りに、AIとの対話だけで製品検索から購入までをシームレスに完結させる動き(エージェンティック・コマース)が加速しています。LLM企業は、この革新的な購買体験を担う新たなストアフロント(店先・販売チャネル)として注目されています。
2025年9月、週間アクティブユーザーが8億人を超えるChatGPTを抱えるOpenAIが「Instant Checkout」及び「Agentic Commerce Protocol(ACP)」をローンチしたことは記憶に新しいですが、発表時の提携先はShopifyやEtsy等にとどまり、個別の小売事業者は不在でした。そのため、「AIから直接購入できる場所が極めて少ない」という課題が残り、AIを通じた購買行動は本格化していませんでした。
しかし本イベントでの発表は、その停滞感を覆す可能性を感じさせるものでした。米国で巨大なエンタープライズ顧客基盤を持つGoogleおよびMicrosoftが、ついにエージェンティック・コマース機能を発表したのです。さらに、提携する小売事業者とともにNRF'26に登壇したことで、実装への道のりが一気に現実味を帯び、会場からも大きな注目を集めました。
Googleが発表したUCPについては、創設パートナーとしてWalmartやTargetといった米国大手小売企業、EtsyやWayfairなどの大手マーケットプレイスが既に参画を表明しています。基調講演にはGoogle CEOのSundar Pichai氏とWalmart U.S. CEOのJohn Furner氏が登壇し、今回の提携が持つインパクトの大きさを世界に強く印象付けました。
Walmart U.S. CEOとGoogle CEO登壇セッションの様子。(デジタルガレージ撮影)
また、Microsoftが発表した「Copilot Checkout」については、ファッションブランドのUrban Outfittersや雑貨メーカーのAnthropologie、家具メーカーのAshley Furnitureが加盟店として参画を表明しました。イベントでは 個社でのMicrosoftAI技術実装支援の好例として、ラルフ・ローレンのChief Innovation OfficerであるDavid Lauren氏と、MicrosoftのコーポレートVPであるShelley Bransten氏が揃って登壇し、強固なパートナーシップをアピールしました。
Microsoft コーポレートVPとラルフ・ローレン Chief Innovation Officer登壇セッションの様子。(デジタルガレージ撮影)
様々な先行事例が紹介されるなか、課題も浮き彫りになっています。
Googleのモバイル検索に「AI Overview(AIによる概要)」が表示されるようになり、これまでの検索順位と同様に「AIに信頼される情報源」となることが重要になっています。一例として、以前は検索上位10位以内に入れば発見されていましたが、AI回答では「上位3位程度しか注目されなくなる」といった変化が見られています。
米国住宅リフォーム・生活家電チェーンLowe'sのSVPであるNeelima Sharma氏は、これからは「見つけられること(being found)」だけでなく、「信頼されること(being trusted)」が勝負の分かれ目となり、「信頼される」ブランド戦略・GEO対策には「自社製品やブランドについてどう語っているか」、「自社製品やブランドを推奨・拡散してくれる第三者評価の連携」が重要になると語りました。
米国テック企業の間では急速にエージェンティック・コマースへの投資が進む一方、検索全体におけるLLMのシェアは未だ4-5%に留まり、依然として従来型のGoogle検索が支配的です。トラフィック全体から見ればごく一部という現状において、「今、どこまで投資すべきか」という点はNRF’26でも主要な論点となりました。
しかし、登壇者の多くが短期的な数値以上の価値を強調しています。
このように、即時的な売上シェアだけでなく、将来への布石やAIにとってのブランド価値の保持といった多角的な視点でのROI評価が重要視されています。
LLM会話上での購買における責任者である販売元(Merchant of Record)は、各プラットフォームとも「小売事業者が担う」設計となっています。これには消費者と小売事業者の直接的な関係性が守られるというメリットがある一方、下記のような懸念事項をECカートシステム事業者やPSP(決済サービスプロバイダー)といったパートナー企業と連携してクリアする必要があります。
Abercrombie&Fitch EVPとLowe's SVP登壇セッションの様子(デジタルガレージ撮影)
NRF’26の登壇者から小売事業者へ贈られたメッセージは3点にまとめられます。
AIエージェントに自社商品を選んでもらうためには、AIが理解できる形式のクリーンな(構造化された)データの整備に加え、値段や画像を超えた細かな情報も重要である点が指摘されました。
登壇企業の多くが、変化の激しいAgentic Commerce領域を単独で乗り切るのは難しいとして、適切なパートナー選択を推奨しています。具体的には、「Merchant of Recordであり続け、顧客データを自社で保有すること」や、「特定のプラットフォーマーにロックインされないよう、オープンなアプローチを取れるパートナーを選ぶこと」などが挙げられました。
NRF’26の議論を総括すると、「AIエージェント時代における唯一の正解はまだない」ということが共通認識です。そのため、自社での「パイロット(実証実験)」を通じてデータを蓄積し、新たな顧客との関係構築を始めた企業だけが、次のビジネス機会を掴めるのではないかと語られました。
Microsoftとの「Ask Ralph」の開発について語ったラルフ・ローレンのChief Innovation OfficerであるDavid Lauren氏や、OpenAIとの社内コストカットの取り組みについて語った TargetのEVPであるPrat Vemana氏は、共通して「とにかく始めてみること(Just get started / Lean in)」を推奨し、初期バージョンが完璧でなくてもAIエコシステムの中に飛び込むべきだと強調しています。
Target EVPとOpen AI VP 登壇セッションの様子(デジタルガレージ撮影)
NRF’26を通じて明確になったのは、エージェンティック・コマースが“近い未来の構想”ではなく、実装を前提に進み始めた現実だという点です。
この変化は「新しいチャネルが増えた」という話ではなく、購買体験と決済責任の再定義に近いレベルで進んでいます。2026年の今こそ、AIエージェントが購買行動の主体になる未来を前提に、準備を開始すべきタイミングです。
Digital Garageでは、今回のNRFで議論された「GEO」や「EC事業者のAIエージェント活用」といったテーマを扱う「Commerce × AI 実践セミナー」を2026年2月10日(火)に開催します。
本セミナーでは、購買の入口となるAEO/GEO対策から、購買を後押しするAIクリエイティブ活用まで、経営と現場の両面から実事例を解説します。「まずは使ってみたい」「最新動向を詳しく知りたい」とご関心をお持ちの皆様、ご参加を心よりお待ちしております。
[参加お申し込みはこちら] https://forms.gle/iLVjfD4W5MjrhtdG8
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植田 百香 株式会社デジタルガレージ GIIセグメント本部 事業共創部
2025年 デジタルガレージ入社。国内外スタートアップとの事業連携および新規事業開発に従事。現在はエージェンティック・コマース領域に注力し、「DG AI Drive GEO」をはじめ、先端テクノロジーを活用したDGビジネステクノロジーのプロダクト強化及び新規プロダクト開発を推進している。前職の日本貿易振興機構(JETRO)では、日系スタートアップの海外展開支援と海外投資家の誘致を担当。 |