30秒でわかるこの記事の要約
・4つのレベルで、自社の現在地と次の一手がわかる:AIが探すレベル1「アシスト購買」から、AIが察して買うレベル4「フルオート購買」まで。委任が一段深まるごとに、消費者からは「調べる時間」「入力の手間」「人が“買う”という行為」「何を買うか」が順に消えていく。
・レベルごとに、EC事業者が対応すべきことは変わる:データを整えるだけで届く段階から、対応PSP・カート基盤への接続、検証可能な委任の仕組み、そして売り手側AIの整備へ。最大の壁は、人の承認が消えるレベル2からレベル3への移行。
・世界の主戦場はレベル1、日本はその入口にいる:レベルは高いほど良いわけではなく、カテゴリや場面によって頭打ちにもなる。ただしどのレベルを目指す場合でも出発点は共通で、データのAIフレンドリー化とAI経由流入の計測から始まる。
前回の記事では、エージェンティックコマース(※1)が「実験」から「実行」のフェーズに入りつつあること。購買の主体と信頼の起点が発見から決済まで一気通貫で変わること。完全自律の実現には構造・信頼設計・日本市場特有の事情・社会受容という4つの課題があり、その一つひとつに解き手が現れ始めていること。健全な危機感を持って検知すべきシグナルを見定めることが重要だと述べました。
(前回の記事:エージェンティックコマースのいま——パラダイムシフトの本質と実現への課題)
もっとも、この変化が一足飛びに訪れるとは考えていません。実際には、AIへの委任範囲が少しずつ広がるステップがあり、ステップごとに購買体験も事業者が対応すべきことも異なるはずです。本記事では、この進化のステップを4つのレベルとして整理し、レベルごとに「消費者の買い物はどう変わるのか」「EC事業者は何を対応する必要があるのか」を私たちの見立てとして述べていきます。
本記事では、以下の構成でエージェンティックコマースの進化ステップを紐解いていきます。
(1) 進化ステップを定義する軸——「AIにどこまで任せるか」進化ステップを定義する軸——「AIにどこまで任せるか」
(2) レベル1 アシスト購買——「調べる時間」がなくなるレベル1 アシスト購買——「調べる時間」がなくなる
(3) レベル2 コンシェルジュ購買——「入力の手間」が消えるレベル2 コンシェルジュ購買——「入力の手間」が消える
(4) レベル3 セミオート購買——「人が“買う”という行為」がなくなるレベル3 セミオート購買——「人が“買う”という行為」がなくなる
(5)レベル4 フルオート購買——「何を買うか」がなくなるレベル4 フルオート購買——「何を買うか」がなくなる
(6)日本の現在地と、まず着手すべきこと
(7)まとめ——目指すのは自社にとって最適な到達点まとめ——目指すのは自社にとって最適な到達点
エージェンティックコマースという言葉の定義が人によって異なる場面をしばしば見かけます。AI検索での商品発見を含めて見る人もいれば、AIが決済まで完結させる完全自律の世界をイメージする人もいます。そこで私たちは、どのような立場でも共通のイメージを持ちながら議論ができるよう、「購買プロセスにおけるAIへの委任範囲と、人間の関与度」の軸で進化ステップを整理することにしました。
「発見・比較 → 選定 → カート組成 → 注文・決済 → 購入後対応」のうち、どこまでをAIが担い、人間の関与がどこに残るかで段階を刻みます。この軸を選んだのは、レベルの境界がそのまま「EC事業者が次に何を対応すべきか」の境界と重なると考えたからです。一方、購買がAIとの対話の中で完結するのかECサイトへ遷移して完結するのかという違い、買い手側か売り手側かというAIエージェントの立場は、あえて軸に含めていません。これらは委任の範囲とは別の「実装の仕方」の話であり、同じレベルでも複数の実装方法があり得るため、共通定義として設定するには複雑すぎるためです。
この軸で見ると、従来の購買(レベル0)から数えて、レベルの間には「探索の委任」「実行の委任」「承認の委任」「判断の委任」という4つの壁があります。壁を1つ越えるごとに、人間の役割が減っていく——これが私たちの捉え方です。
以下、レベルごとに消費者とEC事業者、2つの視点で具体的に見ていきます。
消費者の体験例:「小学生の子どもを連れて、お盆に3泊。羽田から2時間以内で、プール付き、1人5万円以内」。こう伝えるだけで、AIが日程・空室・設備・キャンセル条件を突き合わせ、理由つきで3案に絞って提示します。従来なら比較サイトと予約サイトのタブを何十も往復し、条件に合う宿を絞り込むだけで週末がつぶれていた作業です。「この宿にする」と伝えれば申込画面まで用意されますが、予約そのものは従来どおり——サイトに移動し、いつものようにログインして申し込み、確認メールも問い合わせ窓口も変わりません。変わるのは「探す・比べる」だけです。だからこそ消費者側の心理的なハードルが低く、最初に普及するのはこの形だと私たちは見ています。
EC事業者の対応:この段階でAIが見ているのは、事業者の“データ”です。まずやるべきことは、商品情報や企業情報をAIが読める形にすること——商品フィードや構造化データの整備と、AI検索の回答で自社が言及・推奨されるためのGEO対策です。決済や個人情報は既存のフローがそのまま使えるため、EC本体の大規模な改修は要りません。実装負荷が小さいぶん、着手の早さがそのまま差になると考えています。
消費者の体験例:「来週の平日5日分の夕食、和食中心で、1食600円以内。買い物は1回で済ませたい」。配送先と支払い方法を登録しておけば、AIは献立を組み、必要な食材を数量まで割り出して、在庫と価格を見ながら20点ほどの注文を1つに組み立てます。「大根は1本のほうが割安なので、余りは翌週の献立に回します」といった調整まで添えて提示されます。人は品目と合計金額、配送枠を1つの画面で確認し、passkey(顔や指紋による認証)でひと押しするだけ。1品ずつ検索してカートに入れる作業も、都度のログインもレジ操作もなく、人間に残る仕事は最後の「承認」だけになります。
EC事業者の対応:レベル1との決定的な違いは、AIがカート組成から決済準備まで踏み込む点です。この段階では、AI側から在庫・価格・配送条件を参照し、カートを作って注文を確定させるためのAPIが必要になります。あわせて、カード番号をAIに渡さずに決済するための決済情報のトークン化と、AIが提示した注文内容とECが約束する内容の一致を暗号署名で担保する「署名済みカート」も要件になります。
そのため、エージェンティックコマースに対応したPSP(決済代行)へ接続し、対応済みのカート・EC基盤を利用することが必要になります。あわせて、承認画面がAI側に置かれる場合にアップセルやポイント付与、ブランド体験をどこで担保するのか——自社の顧客接点をどう残すかという設計判断も、この段階から重要になると考えています。
消費者の体験例:「気になっているあのスニーカー、2万円を下回ったら買っておいて。サイズは27.0、正規販売店のみ」。一度ルールを決めて署名すれば、あとは何もしません。AIが複数店舗の価格と在庫を見張り、条件を満たした瞬間に購入します。値下がりは予告なく訪れ、人気のサイズはすぐに売り切れる——その「タイミングを待ち続ける」作業はなくなります。都度の承認画面は出ず、受け取るのは「購入しました」という購入完了の通知だけ。上限を超える場合や指定サイズが手に入らない場合にだけ、AIから相談が来ます。何を買うかは自分で決めたうえで、購買行動はAIに委ねる——“買い物”という行為が、ルールの管理に置き換わるのです。
EC事業者の対応:私たちは、ここが4つの壁のうち最大の転換点だと考えています。人間の都度承認が消えるとは、決済の安全性を「毎回の人間の確認」に頼れなくなることを意味します。安全性の根拠を、検証可能な仕組みへ置き換える必要が出てきます。誰が・何を・どこまで許したかを暗号署名で残すMandate署名、金額上限や対象店舗を決済側で強制するscope限定の委任決済トークン、事後の取消・返品を支える監査ログ、そしてAI経由の注文に適応した不正検知です。前回触れた「信頼の起点がブラウザとログインからユーザー署名付きのMandateへ移る」という変化が、この段階で現実の要件になります。
もう一つ、この段階から必要になるのが、注文してきたAIエージェントが本当に正規のものかを確かめる仕組みです。人間の承認が挟まらないということは、なりすましたエージェントからの注文を人が気づいて止める機会もないということです。そこで、エージェントの身元と委任資格を第三者機関(Credential Provider※8)が検証し、なりすましや権限外の行動を排除する仕組みが要件に入ってきます。信頼の根拠が、人間の指示(Mandate)に加えて、エージェント自体の信用(Credential)にも置かれるようになるのです。
不正対策の考え方も変わります。AIエージェントはもともと人間らしい挙動をしないため、「人間らしくない行動」を手がかりにする従来型の検知は効きにくくなります。「誰が叩いているのか(認証)」と「どこまで許されているのか(委任範囲)」を別々に検証する設計が必要になるでしょう。技術面だけでなく決済・法制度・不正対策の要件が不連続に変わる、質的な転換点だと捉えています。
消費者の体験例:「月3万円で生活必需品をいい感じに」。委任は一度だけで、あとはAIが生活パターンと消費ペースから必要なものを先回りで判断します。買い先の選定も、AI同士が価格や納期を交渉して決めます。消費者は月次レポートで「何を・いくらで買ったか」を確認し、目標や予算を変えたいときだけ声をかける。買い物という行為が、家計の「運用」へと姿を変えます。
EC事業者の対応:売る側に求められる信頼の仕組みは、レベル3で整えたものがそのまま土台になります。
そのうえでレベル4で問われるのは、売り方そのものです。取引の相手が人間ではなくAIになると、勝負どころは商品を並べることから、「何が良い選択か」を判断するためのルールやポリシー——在庫の正確さ、配送の確実さ、代替品の扱い、返品条件、ロイヤルティの適用条件——をAIが解釈できる形で示すことへ移ります。単価の安さより、予測のしやすさと約束の確かさが選ばれる理由になっていくでしょう。
さらに、AI同士で取引が成立する段階になれば、売り手の側にもAIが必要になります。買い手のAIからの問い合わせに正確に答え、条件を提示し、注文後の変更や返品にも一貫した基準で応対する——接客・販売・アフターフォローを自律的に、かつ自社の方針から逸れずに担える売り手側AIエージェントを持てるかどうかが、競争力を左右すると私たちは見ています。
世界の主戦場は、いまレベル1にあります。ChatGPTなどのAI経由でECサイトへ送客される流入が拡大し、その量も質も伸びています。レベル2は立ち上がり期で、AIとの対話の中で承認まで完結させる形や、購買体験を再構築する形など、各社が模索しています。レベル3はプロトコル整備が進む段階、レベル4は構想段階にあると見ています。
日本はレベル1の入口にいます。AI検索への対策に関心を持つ事業者は増えていますが、日本語の商品データをAIが解釈できる形に整えること、AI経由の流入を計測することは、多くの事業者にとってこれからの領域です。特定商取引法や多様な決済手段といった国内固有の要件を踏まえた検証も、これから始まります。だからこそ、いまの準備の差がそのまま成果の差になる局面だと私たちは考えています。
自社の現在地は、次の問いで確かめられるはずです。
(1) 商品情報や企業情報をAIが読める形式で提供できているか
(2) AI経由の流入を識別・計測できているか
(3) 会員・決済情報の事前登録と外部からの認証連携の仕組みがあるか
(4) AI経由の注文を区別して監査ログを残し、委任範囲をシステム側で強制できるか
着手の順序も、まずデータのAIフレンドリー化。フィードや構造化データの整備に加え、「肌ざわりの良い」「人気の」といった人間向けの表現を、数値・仕様・用途としてAIが解釈できる形に翻訳します。次にAI経由流入の識別・計測。効果を可視化して投資判断の根拠にすると同時に、自社のカテゴリで委任がどこまで進みそうかを読むシグナルになります。そのうえでレベル2以降への備え——認証連携や決済情報トークン化の検討順序を整理し、プロトコル動向のウォッチ体制をつくる。(1)がNOであれば、まずはそこから着手されることをおすすめします。AIに読めない情報は、AIにとって存在しないのと同じだからです。
本記事では、エージェンティックコマースの進化ステップを、AIへの委任範囲と人間の関与度という軸で4つのレベルに整理しました。
最後に、1つ付け加えると4つのレベルを「すべての買い物がレベル4へ向かって進んでいく」として読むべきではないと考えています。レベルが高いほど優れている、あるいは進んでいるわけではありません。どこまでAIに任せてよいと感じるかは、金額の大きさや、その選択が自分らしさに関わるか、選び間違えたときに後悔しそうかといった要素で変わり、カテゴリや場面によってはあるところで頭打ちになります。それはAIの能力が足りないからではなく、選ぶ過程に自分が関わること自体が、その買い物の価値の一部になっているからです。
ですから、レベルを上げること自体を目的にするのではなく、自社と顧客にとって最適な形を築いていくことが重要です。人が関わる場面をあえて残し、そこでの体験を磨くことも、戦略的な選択です。
「自社の商材だとどのレベルを目指すべきか」「AIに読まれるデータをどう整備すればよいか」といった問いへの答えは、カテゴリや事業の形によって変わります。DGBTでは、データのAIフレンドリー化からAI検索最適化(GEO)、エージェンティックコマース時代の事業者対応を一貫して支援しています。
自社のケースで具体的に検討したいというご相談がありましたら、お気軽にお問い合わせください(お問い合わせはこちら)。エージェンティックコマース領域の最新動向は、今後も継続的に発信していきます。
※1 エージェンティックコマース:人間(ユーザー)から委任を受けたAIエージェントが、商品を発見・比較し、ユーザーに代わって注文・決済までを完結させる商取引の総称。
※2 構造化データ:商品名・価格・在庫などの情報を、検索エンジンやAIが解釈できる標準形式(schema.org等の共通語彙)で記述したデータ。
※3 GEO(Generative Engine Optimization/生成エンジン最適化):AI検索の回答で自社の情報が引用・推奨されやすくするための施策。AIに「選ばれる」ためのブランド・信頼性構築の戦略。
※4 passkey(パスキー):パスワードの代わりに生体認証等で本人確認を行う認証方式(FIDO標準)。フィッシングに強く、エージェント経由取引の本人確認手段として注目される。
※5 OAuth/SSO:パスワードを渡すことなく外部サービスに限定的な権限を委譲する認可の標準規格(OAuth)と、一度の認証で複数サービスを利用できる仕組み(SSO=シングルサインオン)。
※6 Mandate(委任の署名):「ユーザーが何を・いくらまで・どの範囲で委任したか」を暗号署名で証明する仕組み。AP2ではIntent・Cart・Paymentの3段階を順に署名する。
※7 委任決済トークン(delegated payment token):カード番号の代わりにエージェントへ渡す、金額上限・対象店舗・有効期限などをscope限定した決済資格。逸脱する取引は決済側で強制的に遮断される。
※8 Credential Provider:エージェントの身元や委任資格、決済手段の保護と認証を担う第三者機関。なりすましや権限外の行動を排除し、機密情報と認証をエージェント・店舗から隔離して責任分界を明確にする。
※9 A2A(Agent to Agent):AIエージェント同士が直接やり取り・交渉するための通信プロトコル。買い手側AIと売り手側AIが交渉して取引を完結させる基盤となる。
※10 ACP(Agentic Commerce Protocol):OpenAIとStripeによる規格(2025年9月公開)。エージェントとマーチャントを直結し、scope限定トークンで課金する。
※11 AP2(Agent Payments Protocol):Googleと決済各社による規格(2025年9月発表)。決済手段に依存せず、Intent・Cart・Paymentの3つのMandateに暗号署名して監査可能にする。
※12 UCP(Universal Commerce Protocol):Googleが主導するオープン標準規格(2026年1月発表)。発見から購入・購入後までコマースの全工程を抽象化する上位レイヤで、AP2・A2A・MCPを内包する。日本では未提供(2026年6月時点)。
注記:本記事は公開情報に基づいて執筆しており、仕様は流動的なため、実務では各プロトコルの正本を必ずご確認ください。
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馬場 亮充 株式会社デジタルガレージ マーケティングトランスフォーメーション本部 事業開発部
人材業界にて法人営業、人事、事業開発を経験した後、2015年にデジタルガレージ入社。SNS広告・動画広告黎明期に広告運用コンサルタントとして従事。その後、グループ会社のカカクコム社と協働のアドテクプロダクト開発や複数の新規事業開発を経て、現在はエージェンティックコマース領域に注力。マーケティング、ECシステム、決済などデジタルガレージグループが有する幅広いアセットを活かした事業開発・プロダクト開発を推進。 |