【第1回】エージェンティックコマースのいま —パラダイムシフトの本質と実現への課題

「実験」から「実行」へ。着実に前に進むために捉えるべきシグナルとは

 

30秒でわかるこの記事の要約

・購買の主体が「人」から「AI」へシフト:ユーザー自身による検索やカート操作から、AIエージェントが意図を汲み、発見から決済までを自律実行(代行)する世界へ変化。

・規格統一と日本独自の商慣習への対応が急務:エージェント・EC・決済間のプロトコル連携に加え、特商法や多様な決済手段(ポイント等)といった国内要件へのローカライズが必須課題に。

・世界的な規格化の進行と移行設計の重要性:Google(UCP等)や主要決済網による暗号証明・トークン化がすでに始まっており、企業は動向(シグナル)を注視して自社の移行設計に着手すべき。

2026年、エージェンティックコマース(※1)は「実験」から「実行」のフェーズに入ったと言われています。
Googleはオープン標準規格のUCP(※2)を、ニューヨークで開催された世界最大級の小売カンファレンス「NRF 2026: Retail's Big Show」のキーノート(2026年1月、Sundar Pichai氏が登壇)で発表し、エージェンティックコマースが実験段階を終えて産業化に向かうと位置づけました。

同プロトコルはその後、2026年5月のGoogle I/Oでも対象国の拡大やYouTubeへの展開などとして拡張が示されています。
一方で、関連する発表や新しい用語は急速に増えており、実際に何がどうなれば変わるのか、どこから整理すればよいのかが捉えにくくなっているのも事実です。

本記事では、
(1) パラダイムシフトの本質は何か
(2) 完全自律型のエージェンティックコマースを実現するためにクリアすべき課題は何か
(3) その課題を解決するための世の中の動き、を概況として整理します。

健全な危機感を持って着実に前へ進む——その道しるべになれば幸いです。

 

1. パラダイムシフトの本質——「人が操作する」前提が崩れる

AI時代には、コマースの世界でもパラダイムシフトが起きると言われています。その本質は、購買プロセスの「主体」と「信頼の起点」が、商品やサービス・ブランドの発見から決済まで一気通貫で変わることにあります。 

 

まず、発見・比較検討の段階です。

従来、消費者はキーワードで検索し、複数のサイトや比較メディアを見比べて候補を絞り込んでいました。
これがエージェンティックコマースでは、ユーザーが意図を伝え、AIが商品を横断的に発見・比較し、推薦するという流れに変わります。ここでは「AIにどう発見され、どう言及・推薦されるか」、すなわちGEO(※3)が新しい競争軸になります。検索順位に代わって、AIの回答内で想起・比較の候補に入れるかどうかが問われるのです。

次に、意思決定から取引の段階です。従来のECでは、ユーザー本人がカートを操作し、注文者情報・配送先をフォームに入力し、カード番号を直接入力していました。本人認証(3DS等)も、ユーザーとブラウザ・発行体の間で完結する前提です。エージェンティックコマースでは、カートはAIエージェントがAPI経由で操作し、注文者・配送先は委任プロファイルやMandate(※4)として受け渡されます。
カード番号はエージェントに渡さず、金額上限や対象店舗などをscope限定した委任決済トークン(※5)を介します。本人認証はユーザーとエージェントの間で行い、その結果をMandateに署名して閉じ込めます。

結果として、信頼の起点は「ブラウザ+セッション+ログイン」から「ユーザー署名付きのMandate(Intent/Cart/Payment)」へ移ります。発見の仕方も、決済の通し方も、信頼の作り方も変わる——この“地続きの変化”こそが、パラダイムシフトの本質です。

 

2. クリアすべき4つの課題——技術だけでは越えられない

 

では、AIが意図を受けて発見から決済までを完結させる「完全自律」に至るには、何をクリアする必要があるのでしょうか。

第一に、構造の課題です。

エージェント経由で注文から決済までを到達させる商用の「レーン」は、エージェント・プロトコル・PSP(決済代行)・ECシステムの四者が揃って初めて疎通します。
とりわけ決済側とEC側の双方が、同一のプロトコル・同一バージョンで整合している必要があり、どちらか一方の対応だけでは成立しません。この“両側をそろえる”難しさは特定の一社の問題ではなく、決済・EC・エージェントのエコシステム全体で足並みをそろえる必要があるという、構造的なものです。

実装は世界的にも始まったばかりで仕様も流動的なため、当面は暫定対応を行いつつ、最終的にはEC側APIのプロトコル準拠を見据える、という現実的な移行設計が求められます。


第二に、信頼設計の課題です。

「エージェントの相手=ユーザー本人」をどう確認するか(Passkey/FIDO2の活用)、カード番号をエージェントに渡さずに決済する仕組み(委任決済トークン)、そしてIntent/Cart/Paymentの署名による監査と、紛争・不正時の責任分界。仕様が揃っても、この信頼設計が整わなければ一般化には至りません。


第三に、日本市場特有の事情です。

エージェンティックコマースの多くは欧米の決済手段を前提に設計が進んでいますが、日本では事情が異なります。特定商取引法(特商法)に基づく通信販売の表示義務や返品・解約ルールを、AIエージェント経由の取引でどう満たし、誰が責任を負うのか。
クレジットカードに加え、コンビニ決済・代金引換・キャリア決済・後払いといった多様な決済手段をどう載せるのか。ポイント経済圏は購買の強い動機であり、その付与・利用をAIの購買フローにどう組み込むか。

さらに、消費税や軽減税率、インボイス制度といった税・請求の要件、年齢確認が必要な商品への対応など、国内の商習慣・法制度に固有の論点が積み重なります。グローバル標準をそのまま持ち込むだけでは、日本の購買体験は成立しません。


第四に、社会受容・セキュリティ・ガバナンス・法規制です。

決済をAIに委ねることへの心理的な抵抗、AIの誤購買やハルシネーションが起きた際の責任の所在、消費者保護・取消権・年齢確認などの規制整備、そして「誰が・いつ・どの権限で取引したか」を残す監査の仕組み。
とりわけ、ユーザーが意図を伝えるだけで完結する完全自律型の購買は、一企業だけでは到達できず、業界標準や規制との協調が前提になります。

 

3. 実現に向けた具体的な動き——課題ごとに着実に前に進む

 

 もっとも、こうした課題は手つかずというわけではありません。前章で挙げた構造・信頼設計・社会受容といった論点に対して、すでに具体的なプロダクトや規格が動き始めています。

各社が目指す方向はおおむね共通しており、AIが発見から決済までを代行しつつ、ユーザーの意図と本人性を暗号的に証明し、責任と機密情報を適切に分離した「安全な委任」を成立させること、という点にあります。

 

規格面では、複数のオープンな取り組みが並行しています。

OpenAIとStripeは2025年9月にACP(※6)を公開しました。Googleは同じく2025年9月、決済各社とともにAP2(※7)を発表し、2026年1月のNRF 2026では、コマースの全工程を対象とするUCP(※2)を発表しています。
各規格はカバーする範囲や前提が異なります。

消費者接点の面では、GoogleがGoogle I/O 2026で、複数のチャネルをまたいで横断的に商品を検討・追跡できる「Universal Cart」を発表しました。
米国のAIモードとGeminiアプリで2026年夏から順次提供が始まり、その後YouTubeやGmailにも広がる予定で、Nike、Sephora、
Target、Walmart、Wayfairなどが先行して対応するとされています。

決済ネットワークも動いています。

Mastercardは「Agent Pay」で、カード資格を特定のエージェント・店舗・同意ポリシーに紐づける「Agentic Tokens」を導入し、生のカード番号を保持せずに決済できる仕組みを提供します。
Visaは「Intelligent Commerce」と、単一の統合で決済開始・トークン化・利用上限・認証を担う「Intelligent Commerce Connect」を展開し、2026年6月にはOpenAIとの連携も発表しました。

そして信頼設計の面では、Verifiable Intent(※8)が、ユーザーの意図を持ち運び可能で検証可能な証明に変換し、AIの誤りやハルシネーションのリスクに直接対処する枠組みとして整理されつつあります。

Credential Provider(※9)は、決済手段と認証を担うことで機密情報と認証をエージェント・店舗から隔離し、取引全体の責任分界を明確にする役割を担います。

 

4. まとめ——「健全な危機感」で、検知すべきシグナルを見定める

 

エージェンティックコマースの課題は、もはや漠然としたものではありません。
前章で整理した一つひとつの課題に対して、プロトコル・決済ネットワーク・信頼設計の主要プレーヤーが具体的に動き始めています。
課題が山積していることは事実ですが、解き手も同時に現れている——確実に前へ進んでいるのが現在地です。

国内事業者にとって重要なのは、情報の波に飲まれて、漠然とした不安にかられるのでなく、「どのシグナルを検知しておくか」を見定めることです。
たとえば、主要プロトコル(UCP・ACP・AP2)の対応範囲とバージョンの動き、VisaやMastercardといった決済ネットワークのエージェント対応、Verifiable IntentやCredential Providerに代表される信頼設計の標準化、そして特商法・ポイント・税など国内事情への各社の適合動向——これらは、着実な前進のための観測点になります。

そして、必ずしも一足飛びに完全自律型のエージェンティックコマースの世界が訪れるという話ではありません。エージェンティックコマースには実現に向けた段階(ステップ)があり、事業の形によって取るべきパターンも分かれます。次稿では、そのステップとパターンを体系的に整理し、国内事業者が今から着手すべきことを示したいと思います。

DGBTでは、エージェンティックコマース領域の最新動向を、今後も継続的に発信していきます。



 

用語説明

※1 エージェンティックコマース:人間(ユーザー)から委任を受けたAIエージェントが、商品を発見・比較し、ユーザーに代わって注文・決済までを完結させる商取引の総称。

※2 UCP(Universal Commerce Protocol):Googleが主導するオープン標準規格。発見から購入・購入後までコマースの全工程を抽象化する上位レイヤで、AP2・A2A・MCPを内包する。

※3 GEO(Generative Engine Optimization/生成エンジン最適化):AI検索の回答で自社の情報が引用・推奨されやすくするための施策。AIに「選ばれる」ためのブランド・信頼性構築の戦略。

※4 Mandate(委任の署名):「ユーザーが何を・いくらまで・どの範囲で委任したか」を暗号署名で証明する仕組み。AP2ではIntent・Cart・Paymentの3段階を順に署名する。

※5 委任決済トークン(delegated payment token):カード番号の代わりにエージェントへ渡す、金額上限・対象店舗・有効期限などをscope限定した決済資格。ACPのShared Payment Token、AP2のPayment Mandateに相当する。

※6 ACP(Agentic Commerce Protocol):OpenAIとStripeによる規格(2025年9月公開)。エージェントとマーチャントを直結し、scope限定トークンで課金する。

※7 AP2(Agent Payments Protocol):Googleと決済各社による規格。決済手段に依存せず、Intent・Cart・Paymentの3つのMandateに暗号署名して監査可能にする。

※8 Verifiable Intent(検証可能な意図):ユーザーの認可を持ち運び可能で検証可能な証拠に変換する暗号的な枠組み。AIの判断ミスやハルシネーションのリスクに、「ユーザーが確かに望んだ」という非可逆な証明で対処する。

※9 Credential Provider:決済手段の保護と認証を担う役割。カード情報(PCIデータ)や認証をエージェント・店舗から隔離し、責任分界を明確にする。

注記:本記事は公開情報に基づいて執筆しており、仕様は流動的なため、実務では各プロトコルの正本を必ずご確認ください。

 

 


DGビジネステクノロジーは、エージェンティックコマース時代を見据え、EC・決済・AI活用・データ活用まで
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■執筆者

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馬場 亮充

株式会社デジタルガレージ  マーケティングトランスフォーメーション本部 事業開発部

 

人材業界にて法人営業、人事、事業開発を経験した後、2015年にデジタルガレージ入社。SNS広告・動画広告黎明期に広告運用コンサルタントとして従事。その後、グループ会社のカカクコム社と協働のアドテクプロダクト開発や複数の新規事業開発を経て、現在はエージェンティックコマース領域に注力。マーケティング、ECシステム、決済などデジタルガレージグループが有する幅広いアセットを活かした事業開発・プロダクト開発を推進。