前回は、CXを「顧客満足活動」や「接点改善」で終わらせず、経営や事業の言葉に翻訳する必要があると述べました。
そのために重要になるのが、「体験価値」という考え方です。
顧客にどのような体験価値を提供し、その結果どのような認識や行動を生み、どの事業成果につなげるのか。
ここまで整理できて初めて、CXは経営アジェンダとして扱いやすくなります。
では、その体験価値は、どのように設計すればよいのでしょうか。
まず確認したいのは、顧客理解における「3つのズレ」です。
・1つ目は、顧客像のズレです。
企業が「この顧客に選ばれたい」と考えている顧客と、実際に商品やサービスを選んでいる顧客が合っているか。
・2つ目は、選ばれている理由のズレです。
企業が強みだと考えている価値と、顧客が実際に評価している価値が合っているか。
・3つ目は、体験の流れのズレです。
企業が接点ごとに届けている体験と、顧客が感じている一連の体験が合っているか。
この3つを見ていくと、CXは単なる接点改善ではなくなります。
誰に、どの体験価値を、どのような流れで届けるべきかが見えやすくなります。

1.顧客像のズレを見る
CXを事業成果につなげるには、まず対象となる顧客を明確にする必要があります。
誰に向けた商品やサービスなのか。
誰の課題を解決するのか。
誰に選ばれることで、事業が伸びるのか。
ここが曖昧なままでは、体験価値も、コミュニケーションも、施策の優先順位も決めにくくなります。ただし、ターゲット顧客を設定しただけで安心してしまうと、見落とすことがあります。
企業が想定している顧客像と、実際に商品やサービスを選んでいる顧客像が、少しずれていることがあるからです。
たとえば、実際に売上を支えているのは、当初想定していた顧客とは違う層かもしれません。
本来届けたい顧客には、価値が十分に伝わっていないのかもしれません。
商品を使う人と、購入を決める人が違う場合もあります。
もちろん、想定した顧客像と実際の顧客像が違うこと自体が、すぐに問題というわけではありません。
ブランドとして象徴的に見せたい顧客と、実際に購買を支えている顧客が異なることはあります。
現在の顧客と、これから獲得したい顧客が異なることもあります。
問題は、その違いを把握しないまま、同じ顧客像として扱ってしまうことです。
自社は、誰に選ばれたいのか。
実際には、誰に選ばれているのか。
その差は、意図したものなのか。
それとも、気づかないうちに生まれているものなのか。
この問いを置くだけでも、CXの見え方は変わります。
顧客像をきれいに描くことが目的ではありません。
その顧客像が実態と合っているのかを見ながら、体験価値を設計することが大切です。
2.選ばれている理由のズレを見る
次に見たいのは、顧客が自社を選んでいる理由です。
企業は、自社の商品やサービスの良さを伝えようとします。
機能が優れている。
品質が高い。
価格に納得感がある。
導入実績がある。
技術力がある。
サポート体制がある。
これらは大切な価値ですが、顧客が意思決定する場面では、企業が語りたい価値とは別のものが効いていることがあります。
自分に合っているのか。
失敗しないか。
他の商品と何が違うのか。
購入後に困らないか。
使い続ける理由があるか。
誰かに相談しなくても前に進めるか。
顧客は、商品やサービスそのものだけを見て選んでいるわけではありません。
選ぶ前の不安。
比較するときの迷い。
購入後の安心。
使い続けるときの納得感。
そうしたものも含めて、企業の価値を判断しています。
たとえば、「技術力が高い」という強みがあります。企業から見ると、それは立派な強みです。
ただ、顧客にとっては「技術力が高い」だけでは、まだ少し遠い言葉かもしれません。
顧客が感じたいのは、たとえば「安心して任せられる」「自分に合った提案をしてくれる」「導入後に困りにくい」といったことです。
「実績が豊富」という強みも同じです。
企業は「多くの企業に導入されています」と伝えたくなります。
しかし顧客にとっては、「自分に近い事例がある」「利用後のイメージが持てる」「選んでも大きく失敗しなさそうだ」と感じられることが大切です。
──企業が伝えたい価値を、顧客が前に進める価値に変換する。
ここに、体験価値を設計する意味があります。
前回、体験価値を「顧客が特定の接点や一連の体験を通じて感じる、意思決定や行動を前に進める価値」と整理しました。
この考え方で見ると、CXの設計は、単に何を伝えるかではなくなります。
顧客がどこで迷い、どこで不安になり、どこで納得し、どこで前に進むのか。
その変化を生む価値を設計することが、体験価値を設計するということです。
3.体験の流れのズレを見る
3つ目に見たいのは、体験の流れです。
CXの取り組みは、多くの場合、接点ごとに進みます。
Webサイト、アプリ、店舗、営業、問い合わせ対応、購入後フォロー。
それぞれの改善は、もちろん大切です。
ただ、顧客はそれぞれの接点をバラバラに見ているわけではありません。
広告を見る。
検索する。
Webサイトを読む。
比較する。
問い合わせる。
店舗や営業担当者と話す。
購入する。
使う。
サポートを受ける。
再購入する。
誰かに薦める。
顧客にとっては、すべてが一つの流れです。
ある接点で期待が高まっても、次の接点で不安が残れば、顧客は前に進みにくくなります。
購入前は丁寧でも、購入後のフォローが弱ければ、継続や再購入にはつながりにくくなります。
広告で伝えている価値と、実際の利用体験がずれていれば、ブランドへの信頼は蓄積されにくくなります。
だからこそ、CXで大切なのは、接点を磨くことだけではありません。
── 接点を磨くのではなく、体験の流れを設計する。
この視点が必要です。
たとえば、「安心して選べる」という体験価値を届けたい場合、商品詳細ページだけを分かりやすくしても十分ではないかもしれません。
広告で何を期待させるのか。
Webサイトでどの情報を見せるのか。
比較検討中の顧客に、どのような判断材料を用意するのか。
問い合わせや相談の導線をどう設計するのか。
購入後に、どのような安心を届けるのか。
これらがつながって初めて、顧客は「安心して選べる」と感じます。
CXは、個別接点の足し算ではありません。
顧客が前に進む流れをつくることです。

顧客が前に進む場面を見つける
体験の流れを見るときに大切なのは、どの場面で顧客の認識や行動が変わるのかを見ることです。
たとえば、初めて接触したときに「この会社は自分の課題を分かっている」と感じる。
比較検討しているときに「他社との違いが分かりやすい」と感じる。
購入や契約の前に「これなら失敗しなさそうだ」と感じる。
使い始めたときに「思ったより簡単だった」と感じる。
困ったときに「この会社にしてよかった」と感じる。
こうした場面は、顧客が次の行動に進むきっかけになります。
問い合わせる。
購入する。
継続する。
追加で利用する。
誰かに薦める。
行動の手前には、認識や感情の変化があります。
CXを設計するうえでは、この変化を生む体験を見つけることが大切です。
すべての接点を均等に改善する必要はありません。
事業成果につながるCXを考えるなら、どの体験が顧客の行動を前に進めるのかを見極める必要があります。
こうした、顧客の認識や行動を大きく変える体験を、ここでは「重点体験」と呼びたいと思います。
重点体験とは、顧客の認識や行動を変えるうえで、特に重要になる体験のことです。
どの体験価値を、どの顧客に、どの流れの中で届けるのか。
その中で、顧客が前に進むきっかけになる重点体験はどこか。
ここまで見えてくると、CXは施策の一覧ではなく、設計の対象になります。
重点体験が見えると、施策の優先順位が変わる
重点体験が見えると、施策の優先順位も変わります。
たとえばEC事業であれば、単にサイト全体をリニューアルするのではなく、どの体験価値を強めるべきかを考えることができます。
初回訪問者に、商品やサービスの価値を分かりやすく伝えることが大切なのか。
比較検討中の顧客に、自分に合うものが分かる状態をつくることが大切なのか。
購入前の不安を減らすことが大切なのか。
購入後に、次回も利用したいと思える体験をつくることが大切なのか。
同じEC改善でも、重視する体験価値によって、見るべき場所も、設計すべき導線も、優先すべき施策も変わります。
どこで顧客が前に進むのかが見えると、施策の意味が変わります。
Webサイトを改善する。
資料を作る。
メールを配信する。
営業提案を見直す。
購入後フォローを強化する。
これらは、それぞれ独立した施策ではありません。
顧客にどのような体験価値を届け、どの行動を生み、どの成果につなげるのか。
その流れの中で、施策の役割を考えることができます。
BtoCでもBtoBでも、考え方は同じです。
問い合わせ前に課題認識を深めてもらう。
商談前に信頼感を持ってもらう。
導入検討時に社内で説明しやすい状態をつくる。
導入後に成果を実感してもらう。
こうした一つひとつの体験も、顧客の行動を前に進めるうえで重要な役割を持ちます。
ここまで整理できると、CXは「良いことを増やす活動」ではなくなります。
どの顧客に、どの体験価値を届けるのか。
その価値を、どのような流れの中で感じてもらうのか。
どの重点体験が、顧客の行動を前に進めるのか。
これらを考えることで、CXは事業を動かすテーマに近づいていきます。

まずは、3つのズレを点検してみる
体験価値を設計する第一歩は、自社の顧客理解を点検することです。
まずは、顧客理解における「3つのズレ」を確認してみるとよいかもしれません。
自社は、誰に選ばれたいのか。
実際には、誰に選ばれているのか。
その差は、意図したものなのか。
それとも、気づかないうちに生まれているものなのか。
企業が伝えたい価値は、顧客が評価している価値につながっているのか。
顧客が迷い、不安になり、納得し、前に進む場面を捉えられているのか。
接点ごとの改善ではなく、体験の流れとして設計できているのか。
その流れの中で、顧客が前に進む場面はどこか。
こうした問いを置いてみると、CXの見え方は変わります。
顧客満足度を上げる。
UIを改善する。
問い合わせ対応を良くする。
CRM施策を増やす。
それらはもちろん大切です。
ただし、それらがどの顧客に、どの体験価値を届けるためのものなのかが見えていなければ、施策はバラバラになりやすい。
CXは、接点をきれいに整えるだけでは強くなりません。
顧客が前に進む流れをつくることで、初めて事業につながります。
そのためには、まず顧客理解のズレを捉えること。
・顧客像のズレ。
・選ばれている理由のズレ。
・体験の流れのズレ。
この3つを見つめ直すと、CXは単なる施策の積み上げではなくなります。
誰に向けて、どのような体験価値を届けるのか。
その価値を、個別の接点の改善ではなく、どのような流れとして感じてもらうのか。
どの体験が、顧客の行動を前に進めるのか。
ここまで整理できると、CXは事業を動かすための設計図になります。
一方で、この整理は簡単ではありません。
顧客像は、部門によって見え方が異なります。
営業が見ている顧客、マーケティングが見ている顧客、ECや店舗が見ている顧客、カスタマーサポートが見ている顧客は、同じようで少しずつ違うことがあります。
選ばれている理由も、企業が伝えたい強みだけでは見えません。
実際の顧客行動や、問い合わせ、商談、購入後の反応を見ながら、顧客がどこで迷い、どこで納得し、どこで前に進んでいるのかを捉える必要があります。
体験の流れも、一部門だけでは設計しきれません。
広告、Webサイト、営業、店舗、CRM、サポート、購入後フォロー。
それぞれの接点をつなぎ、顧客にとって一つの流れとして設計する必要があります。
だからこそ、CXを見直すときは、
個別施策の改善から始めるのではなく、まず顧客理解と体験価値の設計から始めることが大切です。
自社のCX施策は、どの顧客に向けたものなのか。
その顧客は、どのような理由で自社を選んでいるのか。
その理由は、一連の体験として届けられているのか。
この問いに答えられるかどうかが、CXを事業成果につなげるための分かれ道になります。
次回は、この体験価値をどのようにKPIへ落とし込むのかを考えます。
顧客体験から事業成果までのつながりを見える化し、CXを経営判断に使えるものにするためのKPI設計について整理します。
DGビジネステクノロジーは、顧客体験を事業成果につなげるためのCX戦略設計、体験価値の整理、KPI設計、
施策実行までを総合的にご支援しています。
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■執筆者
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深野 信秀 株式会社デジタルガレージ 戦略アカウントセールス本部 ストラテジックプランニング部
事業会社にてEC・CRM・マーケティング領域に従事し、化粧品メーカーでは顧客接点の設計や販促施策の企画・運用を経験。その後、デジタルマーケティング支援会社にて、メーカー・金融・小売などの事業開発、マーケティング戦略、EC改善支援を担当。現在はデジタルガレージにて、新規事業開発や既存事業の見直し、顧客理解を起点としたCX戦略・KPI設計・実行支援に携わる。日本マーケティング協会認定 マーケティングマスター。 |
