前回は、CXを設計するためには、顧客理解における「3つのズレ」を捉える必要があると述べました。
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顧客像のズレ。
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選ばれている理由のズレ。
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体験の流れのズレ。
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この3つを見つめ直すことで、誰に、どのような体験価値を届けるのかが見えやすくなります。
その価値を、どのような流れとして感じてもらうのか。
どの重点体験が、顧客の行動を前に進めるのか。
では、そこで見えてきた体験価値や重点体験を、どのように事業運営の中に組み込めばよいのでしょうか。
ここで必要になるのが、KPIの設計です。
ただし、CXのためのKPIを、事業KPIとは別につくるという意味ではありません。
売上や契約数などの事業KPIがあり、その横に顧客満足度やNPSなどのCX指標が並んでいる。
これだけでは、事業とCXは分かれたままです。
必要なのは、CXのための成果指標を別につくることではありません。
事業の定量目標を起点に、顧客行動、体験価値、日々の活動を、一つの成果構造としてつなぐことです。
── CXを事業KPIの外側から関連づけるのではなく、最初から事業KPIの中に組み込む。
今回は、そのための考え方を整理します。
1.事業KPIとCX指標が分断される理由
多くの企業では、売上、契約数、継続率、LTVなどの事業KPIと、顧客満足度、NPS、サイト利用率、問い合わせ件数、解決率などのCX指標が、それぞれ別のものとして扱われています。
もちろん、どちらも事業を運営するうえで欠かせない数字です。
ただ、これらが別々に置かれているだけでは、CXの数字が動いたときに、それが事業にとって何を意味するのかが見えにくくなります。
満足度が上がったとして、顧客のどの行動が変わったのか。
サイトの利用率が上がったとして、それが契約や継続にどう影響したのか。
問い合わせ件数が減ったとして、顧客の問題が解決したのか。それとも、問い合わせにくくなっただけなのか。
そして、事業KPIが悪化したとき、どの顧客体験を見直すべきなのか。
ここが説明できなければ、CX指標は事業判断に使いにくいままです。
分断の原因は、事業KPIとCX指標という種類の違いにあるのではありません。
事業成果、顧客行動、体験価値、接点や業務の状態が、一つの流れとしてつながっていないことにあります。
CX指標を後から事業KPIに関連づけるのではなく、最初から同じKPIツリーの中に置いて考える。
この順番が重要です。
2.KPI設計は、事業の定量目標から始める
KPIの話になると、つい「何を測るか」から考えたくなります。
満足度を測るのか。
利用率を見るのか。
問い合わせ件数を見るのか。
しかし、最初に考えるべきなのは、測定方法ではありません。
この事業は、いま何を成果として伸ばしたいのか。
そこから始める必要があります。
売上を伸ばしたいのか。
契約数を増やしたいのか。
継続率を高めたいのか。
利用単価やLTVを伸ばしたいのか。
新しいサービスであれば、まず利用者を増やすことが重要になります。
利用が広がった段階では、契約や継続を増やすことが課題になるかもしれません。
さらに事業が成熟すれば、収益性や顧客との長期的な関係が重視されるようになります。
事業のフェーズによって、重視すべき成果は変わります。
だからこそ、最初に「この事業は、いま何を成果として伸ばしたいのか」を決める必要があります。
── KPI設計は、測りたいものからではなく、事業で実現したいことから始める。
そのうえで、その成果を生むために、顧客にどのような行動をしてもらう必要があるのかを考えます。
たとえば、契約数を増やしたいとします。
そのために必要なのは、問い合わせを増やすことだけでしょうか。
比較検討に進んでもらう。
相談や商談の機会をつくる。
申し込みの途中で離脱せず、手続きを完了してもらう。
こうした行動があって初めて、契約という成果に近づいていきます。
継続率を高めたいのであれば、契約後に使い始めてもらうことが必要です。
価値を実感してもらうこと。
困ったときに解決できること。
使い続ける理由を持ってもらうことも必要になります。
売上や契約数は、企業の活動だけで生まれるものではありません。
顧客が何らかの行動をした結果として生まれます。
事業の定量目標から、必要な顧客行動へ分解する。
ここまで来ると、CXをどこに組み込むべきかが見えてきます。
ただし、顧客行動を書き出すだけでは、まだ十分ではありません。
3.顧客行動の手前に、体験価値を置く
問い合わせる。
比較する。
申し込む。
使い続ける。
これらは、企業から見れば「顧客にしてほしい行動」です。
しかし、顧客は企業が望んだ通りに動くわけではありません。
自分に関係があると思える。
違いが分かる。
不安が減る。
納得できる。
信頼できる。
使う価値を実感できる。
そうした感覚が生まれて初めて、顧客は次の行動へ進みます。
前回まで、顧客の意思決定や行動を前に進める価値を「体験価値」と呼び、その中でも特に重要になる体験を「重点体験」と整理しました。
この体験価値や重点体験を、顧客行動の手前に置きます。
たとえば、契約数を増やすために、相談件数を増やしたいとします。
このとき、相談ボタンのクリック率だけを上げようとすると、接点の改善に閉じてしまいます。
顧客は、なぜ相談しないのでしょうか。
自分の悩みを相談してよいのか分からないのかもしれません。
相談すると、すぐに営業されそうで不安なのかもしれません。
相談することで何が分かるのか、イメージできていないのかもしれません。
そうであれば、必要なのはボタンの改善だけではありません。
「自分の状況に合った選択肢が分かる」
「押しつけられずに相談できる」
「相談後の流れを見通せる」
こうした体験価値が届いて初めて、相談という行動が前に進みます。
── CXを組み込む場所は、顧客行動の手前にある。
事業の定量目標があり、その達成に必要な顧客行動がある。
そして、その行動を前に進める体験価値がある。
この3つをつなげて考えることで、CXは事業KPIの中に組み込まれていきます。
4.ひとつのKPIツリーで、事業とCXをつなぐ
ここまでの関係を、一つのKPIツリーとして整理します。
・上位には、売上、契約数、継続率など、事業として実現したい定量目標を置く。
・その下に、目標の達成に必要な顧客行動を置く。
・さらに、その行動を前に進める体験価値や重点体験を置く。
・そして、その体験を実現できているかを確認するために、各接点や業務の状態を示す指標を置く。

たとえば、継続契約数を増やすという目標があるとします。
そのためには、顧客がサービスを継続的に利用し、価値を実感することが必要です。
顧客が「自分で使いこなせる」「困ったときに解決できる」と感じられることが、継続利用を支えます。
その状態をつくるために、初期設定の完了率、主要機能の利用率、問い合わせの解決率、利用後のフォロー実施率などを見る。
これらは、別々の指標ではありません。
継続契約という事業成果に向けて、顧客行動、体験価値、現場の活動がどうつながるかを表した、一つの成果構造です。
KPIツリーをつくる目的は、指標を整理して並べることではありません。
どの体験が、どの顧客行動を生み、その行動がどの事業成果につながると考えているのか。
その仮説を、関係者が同じ目線で見られる状態にすることです。
わたしがKPIツリーをつくるときに意識しているのは、設計と運用で見る方向を変えることです。
設計するときは、事業の定量目標から下へと分解します。
一方、運用するときは、現場の活動や顧客の反応から上へと変化を確かめます。
設計は上から。
運用は下から。
運用指標は改善したのか。
体験価値は顧客に届いたのか。
顧客行動は変わったのか。
その結果、事業KPIは動いたのか。
ここまでつながって初めて、CXは「良い取り組み」ではなく、事業の中で判断し、改善していく対象になります。
このとき、事業成果だけでなく、その手前にある「顧客にとっての成果」も見落とさないことが重要です。
小コラム:「顧客にとっての成果」もKPIツリーに置く
あるBtoBのビジネスマッチングサービスでは、事業成果として成約件数を重視していました。
しかし、利用企業への調査を進めると、顧客がまず価値を感じていたのは、すぐに成約することだけではありませんでした。
これまで接点のなかった企業と出会い、面談や商談の機会を得られることにも、大きな価値がありました。
そこで、成約件数だけを見るのではなく、面談機会の創出につながる顧客行動や体験も、同じKPIツリーの中に置きました。
事業成果と顧客にとっての成果を別々に扱うのではなく、両者がどのようにつながるかを一つの構造で捉えたのです。
5.すべての指標を、同じ強さで扱わない
KPIツリーを描くと、指標は増えます。
売上や契約数だけでなく、顧客行動、体験価値、接点や業務の状態まで見るためです。
ここで、もう一つ注意したいことがあります。
ツリーに置いたすべての指標を、同じ強さで目標にしないことです。
すべてを同じように扱おうとすると、現場は何を優先すべきか分からなくなります。
指標が増えたのに、判断はしにくくなる。
KPI設計では、よく起きることです。
大切なのは、「重点的に変える指標」と「状態を把握するための指標」を分けることです。
重点的に変える指標は、現在の事業課題に対して、特に改善の対象とする指標です。
状態を把握するための指標は、変化や問題の兆候を確認し、原因を考えるための指標です。
たとえば、問い合わせ件数は、常に減らすべき指標とは限りません。
サービスの利用者が増えれば、問い合わせも増えるかもしれません。
一方で、同じ内容の問い合わせが繰り返されているなら、説明や導線に問題がある可能性があります。
件数だけを目標にすると、問い合わせを減らすこと自体が目的になりかねません。
しかし、KPIツリーの中で見れば、その数字が顧客行動や事業成果にとって何を意味するのかを考えられます。
数字は、置かれた場所によって意味が変わります。
問い合わせ件数という同じ数字でも、利用拡大の結果なのか、体験上のつまずきなのかによって、見るべき意味は変わります。
だからこそ、指標を増やすことよりも、その指標を何のために見るのかを明確にすることが重要です。
6.KPIツリーは、部門をつなぐ共通言語になる
KPIツリーの効用は、数字が整理されることだけではありません。
一つのツリーで事業とCXをつなぐと、それぞれの部門の活動が、どの成果に向かっているのかが見えやすくなります。
事業責任者は、どの顧客行動が事業成果を支えているのかを見る。
マーケティングや営業は、顧客が検討や商談に進むために必要な体験を見る。
カスタマーサクセスやカスタマーサポートは、顧客が価値を実感し、継続するために必要な体験を見る。
CRMやWeb・アプリ運営は、顧客が次の行動へ進むための接点や導線を見る。
見ている場所は違います。
しかし、同じ成果の流れを見ています。
この状態になると、部門ごとの指標を報告し合うだけではなくなります。
どの顧客行動が止まっているのか。
その手前で、どの体験価値が不足しているのか。
どの接点や業務を変える必要があるのか。
会話が、「今月の数字はどうだったか」から、「なぜこの数字になったのか」へ変わります。
KPIツリーは、数字を管理するためだけのものではありません。
事業と顧客体験について、部門を越えて話すための共通言語でもあります。
KPIツリーは、つくって終わりではない
ここまで、事業KPIにCXを組み込む考え方を整理してきました。
ただし、最初から完全なKPIツリーをつくることは難しいものです。
ある体験価値が、本当に顧客行動を変えるのか。
その顧客行動が、本当に事業成果につながるのか。
設計した時点では、まだ仮説です。
思ったほど顧客行動が変わらないのであれば、想定した体験価値が違っているのかもしれません。
顧客行動は変わっても事業成果につながらないのであれば、別の条件が影響しているのかもしれません。
実際の顧客行動やデータを見ながら、つながりを確かめる。
違っていれば、見直す。
事業のフェーズが変われば、重視すべき指標も変わります。
KPIツリーは、固定された完成図ではありません。
事業と顧客の変化に合わせて、確かめ、書き換えていく設計図です。
まずは、自社の事業KPIを一つ選び、その成果が生まれるまでの流れを書き出してみるとよいかもしれません。
その成果のために、顧客にはどのような行動が必要でしょうか。
その行動の手前で、どのような体験価値が必要でしょうか。
その体験価値を届けるために、どの接点や業務を変える必要があるでしょうか。
いま見ている指標は、そのつながりを説明できているでしょうか。
事業KPIとは別に、CXのための指標を増やすことが目的ではありません。
事業の定量目標から、顧客行動、体験価値、現場の活動までを一つの流れとして描くこと。
それが、事業KPIにCXを組み込むということです。
そして、顧客に同じ体験価値を届け続けると、その体験は一時的な満足だけで終わりません。
「この企業は信頼できる」
「このサービスは、自分のことを分かってくれる」
そうした認識として、顧客の中に少しずつ蓄積されていきます。
次回は、CXとブランドの関係を考えます。
顧客体験を、選ばれ続ける理由へ変えていくための考え方を整理します。
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■執筆者
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深野 信秀 株式会社デジタルガレージ 戦略アカウントセールス本部 ストラテジックプランニング部
事業会社にてEC・CRM・マーケティング領域に従事し、化粧品メーカーでは顧客接点の設計や販促施策の企画・運用を経験。その後、デジタルマーケティング支援会社にて、メーカー・金融・小売などの事業開発、マーケティング戦略、EC改善支援を担当。現在はデジタルガレージにて、新規事業開発や既存事業の見直し、顧客理解を起点としたCX戦略・KPI設計・実行支援に携わる。日本マーケティング協会認定 マーケティングマスター。 |